可能性を引き出し続ける人

彼は賢かった。

正確に言うと、ずるくて賢いと賢いの

ちょうど間くらいだった。

このちょうど間くらいのバランスが

彼の賢さを如実に物語っている。

 

これは、僕が社会人1年目で関東のとあるお店で、

調理場のスタッフの監督責任者をしていた時の話だ。

 

彼は仕事が早い。とにかく、必要最低限の業務を

一切の無駄がなく、淡々と進めていく。

一切無駄がないから余計なことは一切しない。

それゆえ、改善業務のプラスアルファもない。

うーん、アルバイトだからそれでもいいんだけど・・・。

仕事の速さと無駄なことをしない(=業務を効率的に行える)

がゆえに能力は非常に高い。

 

もったいない。

あまりにももったいない。。。

彼のパフォーマンスが職場に活かされないだろうか。

考えて、悩んでそれでも僕の中に答えは現れなかった。

 

調理場のスタッフには45日周期で、

新しい調理マニュアルが配布される。

なぜなら、四季折々の季節限定メニューが変わるからだ。

春は鮎の塩焼き、夏はゴーヤチャンプル、秋はサンマの刺身、冬はホタテ。

どれも全部、原価を度外視したといっても過言ではない

超の付くおすすめ商品だ。必ず頼んだほうが良い。

 

この目玉商品の料理マニュアルが定期的に配られ、

アルバイトたちは誰に言われるからでもなく、

調理ができるようになって、メニュー解禁日のタイミングで厨房に立つ。

 

当時、僕はお店のスタッフたちとコミュニケーションを

少しでも取れればと思い、このマニュアルに手書きで

数行のメッセージを添えてアルバイトスタッフに手渡ししていた。

 

普段思っていることを何の気なしに書いた。

そんな記憶しかない。特に何かを意図して行ったわけではない。

賢い彼には、「その頭の良さをぜひ、お店をよくすることにも使ってほしい」

そんなメッセージだったと思う。

そう書いて、仕事を終えて店を出る彼にマニュアルを手渡して、

それを一瞥した彼は、家路についていった。

 

次の日、驚いた。

なぜか、シフトの時間よりも30分も早く彼はお店に来ている。

不思議に思った僕が声をかけると

「キッチン内の冷蔵庫の棚割りはこうすべきだ!」

と、手書きの決してきれいとは言えないが必死に考えて、考えた痕跡だろうか

消しゴムで何度も何度も消して、書いてした提案イラストを手渡された。

(ちなみに棚割りとは棚のどこに何をしまうかという商品や

 調理器具をしまって整理整頓する定位置を定めたもの)

 

人は、可能性を秘めている。それを引き出すのは他人だ。

過小評価するのでなく、最大限に承認し、可能性を引き出せる存在。

そういう人で私はあり続けたい。